今回のコラムでは、以下のラインナップでお送りいたします。
時代を制する「強い組織」とは <前編>
少子高齢化による労働人口が減少し、長時間労働や残業の増加といった労働問題がしばしば大きな話題となっています。また収益性から公益性が重視されるようになり、問題が起こった際に企業の社会的責任が大きく求められる時代にもなりました。この時代で安定的に事業を続けていくために重要となるのが「強い組織」を作ることです。
今回は「強い組織」とは何か、どのような危機管理能力を備えているのかを弊社顧問である西岡敏成氏に話をうかがいました。
※本内容は西岡氏へのインタビューを基に再編集したものです。
1: 強い組織とは
「強い組織」は明確な目標のもとで経営陣や従業員が強い信頼関係で結ばれていることが重要です。組織を天守閣として考えるとそれを支える石垣は巨石だけでなくその隙間には小さな石が入っており、それらがかみ合って強い土台を構築しています。これと同様に「強い組織」とは企業(天守閣)を支えるために管理者やリーダー(巨石)と従業員(小さな石)が、信頼関係で強固に結びついて行動できる組織ということができます。
さらに事前に起きうるリスクを予測できている組織は対応力に優れ、変化の激しい世の中においても適切な対策を立てることができます。このように「強い組織」とは強固な信頼関係に加え高い対応力を兼ね備えており、だからこそ「強い組織」は危機管理能力も高いと言えるでしょう。
2: 強い組織に共通して見られる特徴
1.企業理念などが明確に従業員へ浸透している
「強い組織」ではその企業が事業活動を行う意義(企業理念)や方針に対する従業員の十分な理解が必要不可欠です。そのため組織力強化には自分たちが社会のためにどんな指針を持って行動するのかを定期的に従業員たちへ共有を行い、意志の疎通を図ることが効果的です。
例えばGoogleではカルチャー醸成として「TGIF(Thank God, It’s Friday!)」という全社ミーティングを行っています。Googleが挑戦する目標をCEO自らが中継で発表し、従業員に質問を投げかけます。全社員が本音で語り合い壮大な目標を達成していくために実施されているこのミーティングは、経営者自らが企業理念を従業員に直接伝える一例として挙げられます。
2.目的達成のため必要な人材を配置し、適切に権限を与える
「強い組織」では企業の運営やチームの目的達成のために必要なポジションに対し、適切なスキルを持った人材が配置することが重要です。目的達成に向け必要なスキルの分析と、各人材がどのような業務を得意とするかこの2点をしっかりと把握を行っておくことが必要です。
さらに現場の責任者などに必要な権限が譲渡されていることが重要な点となります。組織で動く際には初動の対応速度が重要であり、行動を決めるたびに組織のトップに判断を仰いでしまったりすると初動の遅れに繋がります。
最速で行動していくためにも適切なポジションの人間に適切な権限を与えることが強い組織の形成に必要です。
3: 強い組織を構築するための方法
1.指示系統を統一させる
強い組織にするためには統一された指示系統が重要です。上司とのやり取りにおいては現場のリーダーと事業責任者など双方から相反する指示を受けたりした場合、部下はどちらに従えばいいのか分からずに動けなくなったり、業務で無駄な手戻りが発生する可能性があります。このような事態を防ぐためにも指示系統を統一し、トップの意向を末端に至るまで明確に伝えることを意識しましょう。
Appleはシンプル志向の組織形態と運営で成功しています。「やること」の優先順位をつけて1つのことにフォーカスする文化が根づいており意思決定が非常に迅速です。ぶれない軸の会社方針で従業員から高い信頼を獲得しています。また、ウォルト・ディズニー・カンパニーでは新人キャストでもベテランキャストでも誰が実行しても同じ結果となるマニュアルを作成しています。
2.組織内で十分なコミュニケーションを行う
また企業で信頼関係を構築するためにはコミュニケーションを行うことが効果的です。上司から部下へ声掛けなど日常的にコミュニケーションを取ることで部下は自分が必要とされている、気にかけて貰っているという認識を持つことができ、信頼関係の醸成に役立ちます。さらに組織強化のためには他者の意見を容認する協調性や傾聴力が重要です。不測の事態に対する柔軟な対応力を身につけるためには、一方的な意見をトップダウンで採用するのではなく、様々な意見を集約し議論することが必要です。
例えば対立した意見が出てきた場合、その意見を単に「反感」として決めつけるのではなく、目的達成のために適切かという公平な視点で扱うことが重要です。様々な意見があってこそ目的達成のために効率的な取組を行うことができます。
さらに十分なコミュニケーションを取ることで適切な報連相が行われるようになります。コミュニケーションが十分に取れていなければ叱責を恐れ、トラブルなどの悪い情報が報告されない危険があります。適切な報連相を行うためには最初に報告される内容は、実際に起きた事態の6割ほどしか情報を持っていないと注意することが必要です。
正確な事態の把握・判断を行うために必要な情報量を1とすると、最初に報告される情報は6割程度しかありません。
報告を受けた側は情報を鵜呑みにするのではなく別の視点からその根拠や裏付けを明確にする質問をすることにより双方向的なやり取りを行いましょう。このように複数の視点から情報を足していくことで、より1に近い情報量のもと正確な事態の把握と最適な判断が可能となるでしょう。組織として適切な対応を取るためにも、コミュニケーションを取り些細な情報であっても報告されるような信頼関係の構築が大切となります。
ただし指導を伴うコミュニケーションを行う場合は注意が必要です。
一方的に意見を押し付けるのではなく部下が自身で問題を解決できるように指導することが心がけましょう。
情報の透明化や鮮度の高い情報が常に管理者やリーダーに共有されることで最適な判断を下すことができ、高い危機管理能力を持つ「強い組織」となることができます。
時代を制する「強い組織」とは <後編>
これまで「強い組織」の特徴や組織形成のための方法を見てきました。
そして、ここからは「強い組織」を危機管理、組織人材などの視点から紐解いていきます。
危機管理能力の視点では事例をもとに「強い組織」として危機管理対応の在り方を検討します。また「強い組織」づくりを人材という視点から組織強化のためにどのような人材が必要で人材育成を行うべきなのかを見ていきます。
4: 強い組織は危機管理能力に長けているのか
これまで述べてきたように強い組織では企業理念が全体に浸透しており、企業方針も明確です。このような組織であれば多角的な視点から幅広いリスクを想定し具体的な対策まで検討することが可能です。よって強い組織とは必然的に危機管理能力にも長けていると言えます。
好事例としてあげられるのがジャパネットグループで起こった個人情報漏洩事件です。
同社は事件が発覚した後、自社のミスであることを認め迅速に謝罪しました。そして専門家による調査チームを立ち上げ、捜査機関だけではなくマスコミにも詳細な情報と事後対策について公表しました。さらに具体的な対策として当時はまだ一般的ではなかったISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)による管理体制を構築しました。
この一連の真摯な対応から世間の信頼感を勝ち取った同社は今でも成長し続けています。このような対応を迅速にできたのは、情報漏洩を“発生しない問題”としてではなく“発生の可能性がある問題”として明確に想定しその対策を検討していたことによります。さらにISMSという先進的な手法を導入できたのも、多様な考えを取り入れられる組織の基盤があったからだと考えられます。
このような事前の危機予測と必要な対策を実行できる組織基盤を備えた「強い組織」は危機管理能力に長けていると言えるでしょう。
一方で組織力が弱い企業では問題が起こった際に十分な事後対応が出来ない場合が多く見受けられます。
問題が発生した際に重要なのは起きてしまった事態を嘘偽りなく公表するという点です。問題の所在を不明確なままにし不正確な情報を公表することは信頼回復の大きな障害となります。情報を誠実に公表し再発防止のための方法と問題で被害を受けた方への支援を行うことが企業としての信頼回復には必要です。
5: 人材育成を通じた「強い組織」づくり
前項で組織力が強い企業は、従業員を大切にして育てる特徴があると述べました。
こういった企業は、人材育成にかかる費用をコストではなく投資であると考えています。
「強い組織」形成の為には中長期的に見据えた人材育成が必要となります。
人材の成長のためにプロジェクトチームには新任を必ず一人入れるなど、経験を積むための環境を用意しましょう。
新任が現場における経験や知識を培うことで後継者育成も行うことができます。また新任をチームに参加させることで新たな視点が加わり、多角的な視点からプロジェクトを検証することでプロジェクト達成の確度が上がることが期待されます。
さらに人材育成のみではなく人材採用なども積極的に行うことも必要です。
人材採用で求められる人物像は以下のような性質が挙げられます。
・誠実、謙虚である
・自己管理能力が高い
・成長意欲や向上心がある
・臨機応変に対応できる
・物事を前向きに考えられる
上記にあるような人材育成や人材採用の必要性は高いながらも企業におけるコスト的な負担も軽くはありません。
そういった際には国の制度の活用が効果的です。例えば国が支援する人材開発支援助成金、キャリアアップ助成金といった制度であれば各条件に応じた補助を受けることができます。
不確実性を伴う社会情勢により組織における優秀な人材の重要性は高くなることが予想されます。このような現状に対応できる危機管理能力を備えた「強い組織」となるためには自社に適した人材の採用と、従業員個人の能力を最大化できるような人材育成方法の検討を行っておくことも必要です。
6: 「強い組織」形成のためには
顧客からの信頼を得るためには小心翼々という言葉の通り、慢心することなく謙虚な姿勢で業務の細部にわたるまで気を配ることが必要です。一方で組織としては大胆かつ巧妙に運営を行うことで柔軟性と行動力を兼ね備えた「強い組織」となることができます。
企業として基本方針など明確な目標のもと、目標達成に対して強固な志を持った従業員が信頼関係で結ばれている状態を形成することが「強い組織」を醸成するためのポイントであり重要な要素となります。そしてこれらの要素を満たすことで世の中の激しい変化への対応力が備わり、高い危機管理能力を形成した組織となることができます。今一度自社において強い組織になるためにどのような取り組みが必要か検討を行ってみてはいかがでしょうか。
東海道新幹線における長時間の「運転見合わせ」から考える危機管理
2022年12月18日午後1時ごろ、東海道新幹線の豊橋駅と名古屋駅の間で停電が発生し、新幹線は東京駅と新大阪駅の間の上下線で一時運転を見合わせることとなりました。
一部区間では見合わせが4時間以上に及び、JR東海によると74本が運休、114本が最大4時間28分遅れるなど、約11万人に影響が出ました。その原因は、銅製の金具の一部が折れて、別の電線に接触したことと発表されています。これを受けて国土交通省は、JR東海に詳細な原因究明と再発防止策の検討を指示しました。
この事故から考えられる緊急時の対策について、引き続き顧問西岡にお話をうかがいます。
1: 問題から考える事業継続における対策の必要性
新幹線を運行するために最重要なのは電力です。停電を防ぐ取り組みも大切ですが、2次的な電力配線の環境を設備するなど、多層的に対策を立てておく必要があります。停電は設備破損以外に事故や災害などでも引き起こされ、そのすべてを防ぐことは困難だからです。特に鉄道事業者といった公的機関は、問題が発生すると後出し的に世間にさらされることを前提として動かなければいけません。その際に説明責任を果たせないとさらなる問題を引き起こす可能性があります。
緊急時に最善な対応とは何かを定め、対応策を明確に説明できるようにしておくことが必要です。
2: 再発防止のために注意すべきポイント
こうした事故は同社他社に限らず過去にも起きていますが、安全面の対策の強化を発表しても現状として改善が見られないケースも多々あります。
再発防止のためには業務体制やマニュアルの見直しを行うことが重要なポイントとなります。さらに作業に関する指示が投げっぱなしになるのを防ぐためにミーティングを行うことも効果的です。また点検作業などにおいては「はずだ・だろう」という考え方は厳禁です。正確性を高めるためにも憶測で業務を行わないことが注意すべきポイントとなります。
そしてもっとも重要なポイントは不測の事態が発生した際に何を優先させるべきかを考慮した上で、明確な対応策を用意しておくことです。このような対策をBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)対策といい、JR東海のような鉄道事業者に限らず、すべての企業において必要になると考えられます。非常時では正常な判断を取ることが難しく段階的な対策を明記したマニュアルを作成しておくことと効果的です。
3: 事業継続における信頼関係の重要性
事業継続のためにより重要になってくるのは組織において信頼関係が十分に形成されているのかという点です。上司への信頼関係があれば作業の精度を落としてはならないという意識が従業員に身についているはずです。信頼関係が薄いと話を聞かない、指示を守らないといったことが起こりかねません。仮に安全対策に考慮したマニュアルを作ったとしても、それを守る従業員がいなければ状況の改善は見込めないでしょう。日常から従業員の健康状態を確認する声かけをこまめに行う、現場の朝礼に毎日出席するなど、トップが現場で働く従業員を気にかけていることを態度として示すことで信頼関係の醸成に取り組むことが重要です。
さらに従業員の労働環境に対する制度の見直しも重要な対策のひとつです。鉄道で夜間作業などがある場合は給与に補償を出すなど、従業員に対して目に見える形でインセンティブを付与する動きが必要になります。あらゆる変化の中で不確実性に対応するためには事前に想定されるリスクに対する対策を検討しておくことが重要です。しかし想定されるリスクは企業ごとに異なるため自社でケースを想定し対応していく必要があります。
企業が主体的に危機管理に向き合い不測の事態に対する備えを構築しましょう。
今回のコラムは、以下の顧問の方にご監修いただきました。
西岡 敏成
ジェイエスティー顧問
・元兵庫県警警視長
・警備・公安・刑事に従事
・2002年日韓W杯警備を指揮後、姫路警察署長・播磨方面本部長を歴任
・元関西国際大学人間科学部教授
ジェイエスティーには危機管理エキスパートが複数在籍しております。
ハラスメント関連の法改正対応はもちろん、個人情報保護や暴対法対策など、危機管理全般のご相談はジェイエスティーまで。